変動24 | 秘密の扉

秘密の扉

ひと時の逢瀬の後、パパとお母さんはそれぞれの家庭に帰る 子ども達には秘密にして

徹に逢わない宣言をされてから、私はようよう自分の感情のコントロールを始めた。
自分の仕事をなるべく優先させるように、たまにある徹のよいしょに、わざとそっけなく返したりする。話と愚痴はいくらでも聞いたが、ストリップは子供が起きているからとさりげなく断った。
それでいて
「逢わないのは良いけど、噛まれたり縛られたりは自分じゃ出来ない」
などとつぶやいてみたり。
彼からのメールが頻繁になってきた。


18日、徹は再び過激な発言を連発した後、ネット上2箇所のアカウントを削除してしまった。応援してくれる人も多かったが、前から来ていた「お前の所在はわかる。近いうちに殺す」というメールが殺到したらしい。自分の不在中、母親に何かあるといけないと思ったようだ。
「俺の退会良くわかったね?」
「帰ってきてチェックしたら、もの凄い咆え方してて、溜ってるからな~って心配してて、ご飯食べ終わった後、もう一度チェックしたら、もうアカウントが無かった」
悲惨な被災地の現実に向き合って帰って来ると、彼の場合、そのストレスが攻撃性となって現れる。私のストリップは一時的に彼の攻撃性を緩和させる役目も持っていた。お預けが裏目に出た。


「もうネットでのあんな感じの場には登場しないよ」
「うん」
大局的にはそれは良いことだった。ネットでのやり取りに彼は向いていなかった。些細な言葉尻を捉えて噛み付く。元はといえば私たちはそこから始まったのだった。
「バーチャルの世界の徹は今日で消える。後はリアルでやる」
「うん、がんばれ」
「頑張らない!」
「そうね、踏ん張れと言うべきだった」
「ふふん、楽しく生きたいけど、まだそこまでの余裕が無いから…」
「後は少しずつ良くなっていくだけだから。底を打ったから」
私の言葉に何の根拠も無く、そう信じて欲しいだけだった。
「どうなる事やら…」
「ま、好きにするといい」
「支援して頂ける方々への感謝を忘れず毎日を生きさせてもらうのが俺の今でしょ」
「あっちの徹も結構好きだったんだけどね」
「doorんとこにだけはバーチャルで徹が参上するさ。それ以外は何もしてないから」
「ま、ね」
「さっぱりしてるなぁ」
「だって、なんか言ったって、余計な口出しとか、説教とか言われちゃうんじゃ、はい、はいって聞いているしかない」精一杯の嫌味も徹には通じなかった。
「ギャハハハ
 明日は400キロ離れた所まで行く。うちの先祖が仕えた方の墓参りと、支援活動のお願い行脚だよ」
「そう」
「俺んちは上杉家に仕えてたから。
 生せは生る 成さねは生らぬ 何事も 生らぬは人の 生さぬ生けりじゃ。
 だけど支援に来てもらえるかなぁ…山形のときみたいに断られたりして…」
拒絶されて月曜日にまた荒れることになる可能性が高かった。眼と鼻の先の山形の支援が受けられないのだとしたら、遠くは多分無理だろう。世の中はそんなに甘くない。みな自分のことで精一杯だ。

「徹ちゃんは愛嬌があるから大丈夫」
「えっ、そう?」
「いろんな人に可愛がってもらえてるじゃん、年上の女にもモテるでしょ」
「ふふふん、そうかもなぁ。俺って母性本能くすぐっちゃうタイプ?」
40過ぎてそれでは困るのだけれど。
「私も身軽だったら支援に行くのに…」
「支援は楽じゃないよ」
いざとなったら私がどれだけ黙々と働くのか彼は知らなかった。肉体労働は好きだった。そうやって相手を決め付けて、ネットの世界の住人を拒絶してしまうことで、彼は自分の世界も支援してくれる人の範囲も狭くしていた。けれど私は少しずつでも心の扉を叩き続けようと思う。彼に対してだけでなく、誰に対しても今までそうしてきたように。


「私は自分の仕事や子供をちゃんと育てるのが仕事だから。その仕事をきちんとすることが、廻りまわって支援になると思っているから。
でも今直接的な支援が出来る組織とか持ってたら、徹ちゃんがお願いしに来てくれるのになぁって、ちょっと寂しかった。あは」


いつでも彼に切り捨てられてしまうネットの住人でいるつもりはなかった。
ネットの住人は互いに利害関係が無い。けれど私達の間には利害関係があった。


この杯を受けてくれ。 どうぞなみなみ注がしておくれ。この杯を…





今日帰ってきた徹の声は明るかった。