変動23 | 秘密の扉

秘密の扉

ひと時の逢瀬の後、パパとお母さんはそれぞれの家庭に帰る 子ども達には秘密にして

「船買って旨い魚釣って毎日のんびり暮らせたらなって思ってたんだ」
「浜辺バージョンも良いね。だけどもう魚は釣っても食べられなくなっちゃったもんね」
「うん、でも漁師さんたちは偉いよ。燃料かけて500キロ先まで漁に行くから。それでこの辺で水揚げしても売れないから、岩手で水揚げして、そっからトラックに載せてみんなに喰わしてるんだ」
「500キロっていうと、東京から大阪ぐらいの距離か。それじゃ大丈夫だね」
「うん、ホント燃料高いのにがんばってるなぁって頭が下がる」

「それに比べて!こないだスーパーに行ったんさ。桃売ってやがって」
「あ…、福島の桃。思いっきりこっちでも売ってるよ」
「絶対喰うなよ」
「分かってる」
「ガイガー持ってたから当ててみたんだよ。山梨の桃と、福島の桃。やっぱり福島の桃は数値が出てたよ」
「えっ、それその場でやったの?」
「俺はやるよ。人集まってきちゃってさ」
「まぁ~」
頭を抱えた。鯉の和柄アロハを着た徹が騒いだら、営業妨害もいいところだろう。店員さんを気の毒に思う。
「こんなもの売りやがってって言ったら『国の基準値内ですから』とか抜かして」
首都圏など汚染の少ないところに住んでいる大人なら、充分食べられると思う。しかし中通りの空間線量の中で、さらに内部被爆まで抱えるのは明らかに危険だ。
今までそうしていた通り、近所の人が持ってきてくださる野菜や果物も徹の家ではこっそり庭に埋めていた。

海は広い。遠くに行けば安全だ。でも土地は動かない。果樹も動かせない。
作る人が悪いのだろうか、売る人が悪いのだろうか。悲劇だ。ひたすらの悲劇だ。
生産者は作ってお金を手にする。販売者は売り上げを立てる。経済を回していかなければ復興は無い。日常の暮らしが戻ってきたように見えて、その実そこは地獄と同じだった。国を潰さないために、自分たちが生きるために私たちはその地獄を放置している。黙って見殺しにしている。政府が悪い、東電のせいだと言い訳しながら結果として生贄に、見殺しに。


私は言葉が見つからなくて大きくため息をついた。
「doorちゃんまでため息つくなよ。いっつもこうやってバカ話して笑ってるけど、話し終わったら、俺はため息付くしかねぇんだから。暗ぁくこれからいったいどうしようって。ほかの人と話しても、重くなっちゃって。
doorちゃんは明るいじゃん。俺の話も真剣に聞いてくれる良い女性だ。感謝感謝」

「あ、そうだ。言い忘れてた。ガソリン代振り込んでおいたから使ってね」
「えっ、いつ」
「昨日かな?もう振り込まれてると思うよ」
「もっと早く言ってよ。俺お礼も言わないでべらべら喋って失礼じゃん」
「そうぉ?」
徹が言いづらいことを言わなくて済むように早く振り込んだつもりだ。
「なんか俺ってヒモなんかなぁ。そのうち、死ね!ヒモ!とか言われちゃうんかなぁ」
「そんなこと思ってないよ」
徹はいつも口頭で「もらったお金はこれこれにいくら使いました」と、律儀に申告する。私はそれがうっとうしくて「いちいち言わなくてもイイ」といっているのに。

「言われる前に自分で言っちゃったほうが、傷つかなくて済むから言っとくわ。俺ヒモみたいだね」
「バカ」
だったら時計なんかねだらなければいいと思うのに。

早速徹から画像添付のメールが来た。
「遅くなって、申し訳ありません。これが俺の罹災証明です。
 支援してもらう前に見せるのが常識だったね」

そういうのが常識というのは、今の今まで知らなかった。
「へぇ~、これが、高速無料になる証明書?」
「この罹災証明も余震で、被害増えるとランク上がるんだよ」
「ランクがあるの?」
「最初は誰も見にこないで一部損壊で出て、家の傷みが激しいから家屋調査士が来て半壊、そして言われるのが、余震で被害が進めば全壊になりますからと。余震がおさまらない限り、罹災証明書も続くんだ」

「ふぅ~~ん」
「被害の無い被災民いるでしょ、その方達は被災証明書ってのが発行されるんだ。
被災地域に住んでる方全てに被災証明書が発行されるの。それと免許証があれば高速は無料になるの逃げる為の制度だけどね」
「逃げる?」
「原発から逃げる為に無料にしてる。次の爆発あれば終わりじゃん。その為の高速無料だよ。避難道路として開放が正解だね
 お年寄りは喜んで旅行に行ってるのが現実だけど。」
「それも復興にはいいことじゃん」
自分でも笑いに力がないなと思った。笑いのない日だった。