爛漫2 | 秘密の扉

秘密の扉

ひと時の逢瀬の後、パパとお母さんはそれぞれの家庭に帰る 子ども達には秘密にして


徹不在の毎日は続いていく。何か気分転換をしないとならないのは分かっていた。かといってこんな気持ちのままたかしに逢うのは申し訳なく、どうしても連絡を取れなかった。
 ある日の夕刻、息子とトラブルになり、飛び出すように夜の街に出かけた。
女一人が飲むのはよほど店を選ばないと難しい。心当たりの店は、程よく空いていて、カウンターに腰をかけた。
 流れてくるジャズに集中できなかった。徹とのこと。ほったらかしにしているたかしとのこと、仕事先の男性が毎日送ってくる業務外のメールのこと。心は再び堂々巡りを始めて気分は全く変わらなかった。

目の前にグラスが置かれて店員の視線の先に、すこし年上の男性がいた。こんなドラマのようなことが本当にあるのだとはじめて知って、戸惑ったまま会釈をした。
「お待ち合わせですか?」
「いえ、息子とけんかしてしまって、頭を冷やしに」
「反抗期ですな…はは、そうですか、私もこんな気障なことをするのは初めてなんですが…、気分転換にちょっとだけ話を聞いてもらってもイイでしょうか」
「えぇ」
男性はひとつ置いた隣の席に席を移っって来た。
「私がね、初めて男にしてもらった女性に雰囲気が似ていらしゃるから。ついこんなことを」
「まぁ、どんな方でしたの?」
「年上の…実を言うと友達のお母さんでした。もう30年以上も前の話です」
あまりにも衝撃的な内容にたじろいだ。
「ずっと良いなぁって思っていてね、ある日きっかけがあって…酔っ払ってしまって介抱してもらっているうちに、そんな風になってしまって受け入れてくれたんですよ」
「それは…、私の息子の友達と…そんな風になれるかしら」
「魅力的だから、僕みたいな子がいるかも、ははっ。結局関係を断てなくて30年以上続きました」
「まぁ!ご結婚は?」
「他の女性としました。彼女も祝福してくれて…でも女房には申し訳なかったけど、続いちゃったんですね」
「愛してらしたんですね」
「うん、どうしても別れられなかった」
「奥様にはアレですけど、それもまたステキな関係で…」
「亡くなってもう4年経ちました。まだ辛いです。
最後、入院のときに内緒で見舞いに行ったの、本人が嫌がったからね、見せたくなかったんだろうな…でも嬉しそうにしてくれた。60半ばくらいからセックスが苦痛になってきたみたいで、だけど抱きしめたりすると喜んでくれてね。年上だけどホントに可愛い人だった」
「そんなステキな女性に似ているなんて嬉しいです」
「ホントは誘惑しちゃいたいけど、彼女と女房に悪いような気がするんで…お話だけにしておきますね、へへへ」

心底羨ましかった。30年も好きで居続けもらえて、亡くなってからも偲んでもらえる。奥様も大切にされているのだろう。私の心の片隅にある永遠を求める気持ち。30年は私にとっては永遠に等しい。世の中のどこかにはそんなラッキーな女性もいるのだ。



2.3日後、スカイプの文字が現れた。
「doorちゃん忙しい時にすみません、doorちゃんの住所教えて下さい」
「東京都国分寺市XXXXXXXXXX だよ。中通り戻れば郵便の袋に書いてあるよ」
「今すぐに何か出来ないのは申し訳ないんだけど、住所分かれば贈り物出来るから」
「気にしないでいいよ、今は」
「気にするよぉ
 魚とかって食べないんでしょ?」
「うちは食べるよ、バリバリ」
「じゃ、秋刀魚送ろうかな。船の上で、海水に氷をぶち込んだパックで送ってもらえるから」
「刺身いけるかな?」
「三杯酢で〆れば旨いよ。だけど問題があってさ、いつ水揚げがあるか分からないからいつ届くかも分からない。最長2週間先って言ってた」
「それは楽しみだ、いつくるか待っているね」

徹が私のことを切るつもりで、せめて今までのお礼にと送ってくるのだろう。その時の私にはそんな風にしか感じられなかった。

翌日、
「doorちゃん電話番号聞くの忘れた!宅急便送るのに必要だ~」
「こっちも米送るのに電話番号必要だった。中通りにいる日教えて。お母様一人じゃ30キロの袋持てないよ」
いまさらながら電話番号の交換をして、でもこの番号に私が電話することはないと思う。
「米、無理しないでいいよ。そんなにたくさんいらないよ」
「無理って、もう90キロ山形の家に置いてあるのだもの。いまさらいらないって言われても困る」
「すまない、宅急便はキッチンの中にまで持ってきてくれっから、いつでも大丈夫だよ」
昨年より30キロに付き1000円高くなっていた。でもきちんとした米を主食にしたいし、同じものを徹にも食べさせたい。それが一年こっきりのことでも。
徹は米を精米するたびに私を思い出すだろう。そこまでしても忘れられたくなかった。