変動9 | 秘密の扉

秘密の扉

ひと時の逢瀬の後、パパとお母さんはそれぞれの家庭に帰る 子ども達には秘密にして

「なんか、物凄く気持ちよかったんだけど。きっと徹ちゃん経験豊富なんだなぁ、これじゃ怖くて生で出来ないなぁ」
「あほ~俺は病気歴無しじゃ!」
「その熱がエイズじゃないと言い切れるか?」
「今の病人に言う事かよぉ」
「膿が出て、汗かいたから熱は引くでしょ。おやすみなさい」

自分でやっていることが信じられなかった。ろくに知らない男に送金して裸まで見せてさらにその先まで…私何やってるんだろ。
普通では考えられないことをすることが私にとっての娯楽なのかも知れない。綱渡りのように破滅とギリギリの線上で遊ぶ、久しぶりの高揚感。
自分がこんな道草をして遊んでいる場合じゃないのはわかってる。分かっていてもそのとおり出来ない弱さを人は持っている。弱くて愚かで、しかし強く逞しく、だからこそ人は愛おしいのだと思う。




翌晩夜遅くだった。
「熱はどう?」
「38度前後」
「昨日あんなことやらなきゃよかったな」
「きっと足りなかったんだよ、今日もすれば良くなると思うよ」
「徹ちゃん、二重に病気」
「ギャハハハハ、笑い事じゃない、ギャハハハハ」
「具合悪いんだから寝てなさい」
「ずっと寝ていてもう眠れないからちょっと話聞いて」
「何?」
それから徹は腕時計の薀蓄を語り始めた。たかしもいろんな時計を持っていたが、私にそういう話はしない。
多分時計は男にとっての宝飾品なのだろう。私は時計には全く興味がない。時間は携帯を見れば分かる。
自動巻きの時計について1時間くらい話していた。徹の福島なまりの言葉が耳に心地よく、内容は私の耳に入らず音楽のように聴いていた。
いつの間にか徹は通販のURLを貼って、円高のせいで逆輸入品が安くなっているんだと説明していて、これが欲しいのだといった。
「どの店が安いかな」
私はその場で調べた。ネット通販で最安を調べるのは得意で、徹もそのことを知っていた。
「この店が安いね」
「そんな安くなっているのかぁ、白いタイプが良いか、黒が良いか悩むところだな」
「黒だったらこっちの店が安いんだけど」私はURLを貼った。
「いくらなんでも両方は無理だろうからどっちにすっかなぁ」
「うん?もしかして私が買うの?」
「や~そういうわけではないんだけれども~良いなぁ、欲しいなぁって」
相当困っているらしいのに、自分で買えるわけがない。
「ちょっと今日はもう遅いから寝る。明日考える」
「でもこの時計良いと思うんだよね。今持ってる時計にない機能がついてるんだよね」
これ以上時計の話を聴くのはいくらなんでも遠慮したかった。上手く乗せられている気がする。寝ぼけた頭で買ってしまうかもしれない。
「なんか眠くてよくわからないし、とにかく遅いから今日はお休み」
「裸見たい」
「寝ろ」
時計としては格安の時計だった。地震がなければ自分で白も黒もいくらでも買えただろうに。蓄えで半壊の家を住めるように直してボランティアへ行くガソリン代は持ち出しだ。4ヶ月も経って、たまには自分のための買い物をしたいだろう、それが痛々しかった。



翌晩、

「俺は寝不足で熱でて解熱剤飲んだら口内炎酷いのじゃ、白が良いか黒が良いか悩みすぎて」
解熱剤は飲むなといったのにこれだ。
「腕時計の話だけど、買わないよ。」
「えええええええええええ」
「泣くなっ
 義捐金送るのはいい、百歩譲って今時計がなくて困っているなら買ってもいい。だけどそんなにいくつも時計を持っているのにまだ欲しいって、それは無しだ」
「俺もね。なぁんか間違っているなぁって、どう考えてもおかしいだろそれって。物凄ぉぉぉぉく間違ってると思うんだけんどね、なんか。   話の流れで」
しゃぁしゃぁとこういうことを言えるのはある意味才能だと思うし、何より言い方が可愛かった。
「わかってるじゃん、こっちも余計なお金はないの。女一人で食べ盛りの子供抱えて、その上巨大な金魚3匹も養わなくちゃならないの。もうこの話は終了」

彼をひも扱いするつもりは毛頭ないが、ふとひもを抱えてしまう女の気持ちが分かるような気がした。とにかく可愛い。何でもしてやりたい。何をやっても可愛いで済まされてしまうわがままな末っ子の愛らしさに引っかかって、身を持ち崩す女の気持ち。

「徹」
「なに?」
「もう私グチャグチャだ」
たかしと二股をかけていて、そのことで気が咎めている。
「ん?」
「徹ちゃんを傷つけたくない」
「わからん、俺は面倒なことは苦手だから」
「うん、たいていの男はそうだ」
「だから何?」
「自分の気持ちをコントロールするのが難しいかなって」
「意味わからん…」
「徹ちゃんと私は絶対うまくいかないんだ」