変動13 | 秘密の扉

秘密の扉

ひと時の逢瀬の後、パパとお母さんはそれぞれの家庭に帰る 子ども達には秘密にして

私の性志向が若干Mがかったものであるのは、自分で承知していた。とはいえ、付き合う男性はノーマルだったから、ノーマルでも構わなかった。自分の奥底に眠ってる、きつく噛まれたり、縛られてみたいという願望を素直に口に出来る徹の存在が嬉しかった。
極端なMとかSの人たちはそういう世界に行くのだと思う。しかし心の奥底に閉まっておけるくらいだから、そのことが相手を選ぶ基準にはならない。そういうことを口に出して、付き合う相手に引かれたり、変態扱いされるのが怖い。もしかしたら、たかしだってそんな願望を持っているのかもしれなくて、それを私に頼みたくてウズウズしているのかもしれなかった。もっとも性格的に彼はMの性嗜好を持っているような気がするので、聞かないでおくけれど。


「徹ちゃんこの間から調教するとか言ってるでしょ、見せたりプレイしたりする気は全くないけど、私腸を洗うんだよね。お尻から差し込んで浣腸しちゃう」
「シリンジ使うの?」
「シリンジって何?」
「シリンジ形の浣腸器で入れるの?」
「シリンジ、ググった」注射器みたいな形だった。
「私の使っているのはカフェコロンみたいなやつ」
「カフェコロン、ググった。これ数年前から流行りだろ」
「うん、20年ぐらいやってる」
「これで、アナルオナニー覚えた女性多いよ」
「単に美容と健康のためだけど。これで宿便とか取るんだよ」
「俺はアナルで楽しむ前にこれで洗っておけとは言うけどね、アナルは感じない?」
「感じると思うけどさぁ、臭いとかしそうだしぃ~、入り口チョビぐらいなら試してみても良いんだけど」
「ちょっとそれ持って来て見せてみ」
「やだよ、入れるところ金属で出来てるから、妙にプロっぽくて、徹が使いたくなっちゃう」
「俺の顔映すから」
出し惜しみするような顔じゃないクセして、私をコントロールするために徹は顔の出し惜しみをする。映してもいつも一瞬だった。
「じゃ、持って来る。だけど使わないからね」
長年使っている洗腸器は、ゴムホースがダメになってしまって、青と黄色のシリコンチューブに変えていた。
その先の方だけ持ってきて見せた。
「ほんとだ、へぇ~、じゃさ、水とか入れないで空気入れてみようか」
「空気?」
「空気だったら汚いことにならないし」
「入れてるところは映さないよ」
「うん、いいよ。ローションとかクリームとか付けて」
「あ、これはね、いつも使ってるから何もしないで入る」
8センチほど入れた。
「ホースのところからふぅ~って息吹き込んでごらん」
「ふぅ~、空気なんて入らないよ。それに空気が逆流したらやだな」
「少し身体の位置をずらして」
「ふぅ~、あ」
「入ったか?おならとか出るかもしれないけど、当たり前のことだから気にすんな」
「空気入ったけど…」
「どんな感じ?」
「いつも腸を洗う時と変わらない」
「腸を洗うときは感じないの?」
「だから美容と健康のためにやってるからそんなこと考えてないよ。まぁ、一時癖になってたときはあるけど」私は笑った。
「そうか」徹も笑った。
「だけど思い出しちゃった。なんだっけ、空気女…春川ますみだ。私がそんな風になるなんて思わなかった」
「ナニそれ」
「私の好きな映画に「田園に死す」って言うのがあって、寺山修司で多分私の好きな映画のベスト10に入るな。それ、思い出したよ。ビデオ屋で今度探すといい。古すぎてないかもしれないけど」

空気女の唄  


「空気女って空気入れられて感じる女?」
「端的に言うとそう」
「アダルトなのか」
「寺山は覗きで逮捕されたぐらいの変態だけど、アダルトじゃない。
 着ぐるみを着ていてそこに空気が入って、それで感じるんだ」
「よくわからんが」
「言葉で説明できるぐらいだったら、映画なんかにしない。『O嬢の物語』とか見たり、読んだりしたことあるかな」
「ない」
「精神的なSMの極致なんだよ。その続編を寺山は撮っていて、『上海異人娼館』これも面白い映画だった。これ見てなかったら、私は徹ちゃんのこと受け入れられなかったよ」
「それは凄い映画なんだろうね」
「あと2.3年経って、徹ちゃんが、落ち着いたら探してごらん」


私がSMに感じるエロティズムと、徹がSMに感じるエロティズムの間に大きな開きがあった。それはサドの嗜虐性と、マゾの被虐性の間の差そのものだ。マゾヒズムは全てを相手にゆだねる没我の快楽で、マゾの精神性は永遠にサディストには理解されないだろう。マゾは最終的に自立できるけれど、サディストはどこまで行ってもマゾヒストを必要とする。「上海異人娼館」はそれを描いていた。