変動15 | 秘密の扉

秘密の扉

ひと時の逢瀬の後、パパとお母さんはそれぞれの家庭に帰る 子ども達には秘密にして

8月1日午後6時。
「今、メール書くとこだった。俺は用なしだなと思って!」
「全然帰ってこないから、こっちは泣いてたというのに」
いつもは11時くらいには帰ってくる。何か用事があっても昼過ぎ。
「地震酔いで苦しんでる毎日だった…死ぬかと思った」
「メールってなに書こうとしたの?」
「終わりかなってね。いや、帰宅~って」
「また地震?」
「いわきで震度5だよ」
「昨日の明け方でしょ」
「帰宅してからも細かく揺れて…震度4以上くると地震酔い始まる」
「余震の余震ね」
「気持ち悪いんだよ」
「わかる、ずっと揺れているような…」
何があったのかこの日の徹は極端に不安定で、支離滅裂、いつもより話題がポンポンと飛んだ。

「そうだ、door、1日だけ平日子供預けなさい」
しょうがないなぁ…と、思う。ボランティアに行っている間はあちこち泊まり歩いているから月曜日の徹は満タンだった。それなら自分でどうにかすれば良いと思うのに、彼もまた私の裸に中毒している。一方的なAVを見るより自分のリクエストに答えてくれる年増のほうが少しはマシらしい。
しかし子供が夏休みではどうしようもない。

「1時くらいは寝てしまってる?」
彼はそれに答えなかった。
「俺、お盆近くなると、手伝い多くなるから、しばらくPCは入れないよ。下手すれば1週間以上留守するかもしれないよ」
「生存確認が出来ないのは困るなぁ」
強がって無理ばかりしている。身体が弱いクセして見栄っぱりで意地っぱりで。それらを取ってしまったら何も残らない気がする徹。その気持ちは分かる。そうやっていなければ自分を保っていられない、そんな時が私にもあった。だからこそ心配なのだ。


ボランティアの仕方も変えていかなくちゃと、徹は語り始めた。
「お年寄りは年金生活だから、義援金も貰えないし、ちょっとしたところの修理もできないんだよ」
「年金の人は義捐金もらえないの?」
「半壊以上でないと1円も出ない」
「知らなかった」
「俺は申請出したけど、いつになるか分かりませんと言われたよ。貰えない可能性も有りとね」
「そういう補修系って私も得意だけど、そっち行って手伝うより資金援助のほうが良いんだろうな」
「地震酔いで気持ち悪い」
また話題が飛んだ。
「夜12時前後までは起きてるよ」
「その時間はまだ子供起きてるだろうな。寝なくてイライラするのもなぁ」
「しばらくHできないな」
「早く寝て早くに起きれば?」
「あほ~ 俺が早く寝れるわけないだろ、不眠症なの~~元々がね」
それなら1時でも2時でも大丈夫だと思うのだが、そこは疲れているのだろうか、それとも徹より長い不眠暦を誇る私の感覚のおかしさだろうか。
「じゃ夕飯だから」
「11時にはPC起動しておくよ!今回の支援の話もしたいから」


夜11時。
「また地震きてびっくり。青森、岩手で、震度4まだまだ続くよ」
「そっか…いい加減疲れるね、ゆっくり休めることを願うよ」
「地震ノイローゼになりそうだ…
 3.11と同規模の地震こないとおさまらない、もしきたら、東日本は全て終わりだよ。だから、日本は終わる。俺たち福島県人は見捨てられたから、被爆していくしかないんだよ。保証も何も無い」
「うん、逃げろ、逃げて欲しい」
ネットニュースでは毎時10シーベルトが計測されたと報道されていた。もうだめだ。もう5ヶ月になろうとしているのに、収束が見えない。
「もし、俺達全員を避難させたら、国が破綻するよ」
「だから政府はそれを口に出来ない」
「そうなんだよね、安全と良く言えるなぁとね。安全な場所は県内に無い!俺は潔くこの家と倒れる!」
「言葉もないけど、逃げろ」
「致死量の放射線出たってニュースでやってるだろ、今」
「うん」
「福島の食べ物食うなよ!みんなに叫び続けてくれ、食うなって。市場には、産地偽装で出てる可能性が高い」
「ここ一週間、私は一番人に読んでもらえるブログでやっているから。関心のない人にも読んでもらえるように」
それがどこだとか、URLを教えろとか、どんな内容だとか、そういうことを徹は一切聞かない。しみじみ愛されていないのだなぁと、苦笑いをする。それを分かっていて私は安心してここを書き始めた。
この恋の行方も見えないけれど。
ここに書いていることは徹の言っていることで、私自身の考えとは違う。けれど福島にそんな風に考える人間がいて、彼らの思いや気持ちを知って欲しいと思う。


「秋から米をどうしようか悩む毎日だ…」
「送ろうか?こっちならいろんな県の米が手に入る
 山形の米、玄米で私のところに送られてくる奴があるんだけど、直接そっちに送ってもらってもいい」
「申し訳ない…なんてお礼言えば良いのか…本当に申し訳ない」
「気にすんな
 私は今年の春に200キロ買いだめようとした。せめてセシウムの半減期2年分くらいと思って。だけど、山形の土壌調査の結果見たら…」

「地震速報でた、そっち揺れるぞ」
地震の波よりスカイプのほうが早かった。
「うえわ、でかい」