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秘密の扉

ひと時の逢瀬の後、パパとお母さんはそれぞれの家庭に帰る 子ども達には秘密にして

徹のいない間、調べれば調べるほど、被災民を受け入れてくれる自治体はあった。被災者優先の仕事もたくさんあった。
何を持って公平かというのは、観点によって異なる。出来るだけ多くの人々が納得できるような配慮が必要だと思うが、現実そうなっていないのは何も原発の件だけではない。それが厳しい世間の現実だ。
しかし被災地の現実を見るたびに、ここから立ち直るのは非常に困難に思える。どこから手をつけていいか分からない破壊の中、ひとつひとつ越えていかねばならないその努力。私の想像のはるか彼方にあるのだろう。遠くで見ているだけの私が口出しすべき問題ではない。


いっこうに事態が改善されない部分は行政の混乱もある。徹の苛立ちはもっともだったけれど、補償問題がはっきりするのは遠い先のことのように思える。とりあえず生きて行かねばならないのだから、徹もなるべく早く自立の道を模索するのが賢明だと思えた。


「暑いね」
「エアコン切ったからマジ暑い、網戸で寝るべ。数値が上がるけどな」
「ガイガーの?」
「そうそう網戸だもん、上がるよ」
俺は絶対に節電なんかしないと言っていた徹がエアコンを切る理由はひとつしかなかった。


「徹ちゃん、半年ぐらいどこかへ働きに行くとか考えてみたら?」
恐る恐る切り出したのに、徹は再び激しい口調で怒り出した。
「だから俺に意見するなって言ってるだろ。そんなことを言うんだったら付き合ってもらわなくてもいい。マジに怒るぞ、縁切るぞ。俺は仲間が必死で踏ん張ってるときに一人だけ抜け駆けするような人間じゃねぇ。どうしてわかんねぇかな」
独身で小器用な徹が半年ぐらい出稼ぎに行って、ほかの人を助けるというやり方だってあるはずで、私はそれを抜け駆けとは思わない。
「別に気分を悪くさせたいわけじゃない」
きちんと説明しようかと思ったが、徹は聞く耳を持たないだろう。なにか徹のこだわりや引っ掛かりがそこにあるらしい。
向こうで仲間とも話して年明けには仕事を再開できそうな目途もついたのだいう。
ならば私から言うことはない。徹は短気で怒りっぽいが、切り替えは早いのが救いだ。


「ガイガーの今の室内の値は?」
「0.28かな。子供なんてもう完全被爆してるね」
「うん」
「女の子は子供産めないかもね
 子供達可哀想だよ。俺なんか残り少しだから良いけどさ。小学生はまだまだじゃん」

「なんて返事をしたら良いのか…」
しばらくの沈黙の中、子供たちすら救えない自分たちの無力さを二人でかみ締めていた。


「今日お子ちゃまはお泊り?」
「うん」
「今するか?満タンだぞ」
「あはははは、ちょっとそんな気分になれないなぁ」
余りの暑さに徹のPCが落ちたり、私のPCも不安定な中を話していた。
「じゃ今日は拡張だけにしよう」
「前からそれ言っているけど、徹ちゃんに逢わないんなら拡張しても意味ないと思うし、ガバガバになるのは嫌だ」
「毎日すこしずつ拡張すればガバガバにはならないよ」
「だいたい広げてどうするわけ?」
以前、徹は拡張しないと自分のものが入らないと言っていた。本当かどうか怪しいものだが、逢わないつもりなら拡張する意味が無い。
「doorの手が入るようになる」
それを聞いて私は震え上がった。それはもはやエロではなくグロだ。
「そうすれば、感じ方や興奮度が凄いぞ」


急いでいくつか検索をかけるとウィキペディアに絵が載っていた。
「doorの腰が抜けるな…」
「やっぱり拡張なんて嫌だ、手なんて突っ込みたくない、絶対嫌、今調べたら、もう絵が怖い、絶対嫌。とにかく拡張はしないから」
「もう俺とは話さないって?そう言う事かな…」
「そんなこといってない、だけど、拡張は怖い、絵が怖い」
「doorが怖がる事はしないよ。また先走りで何か調べてる…」
「ウィキペディアの絵、あれ見たら吐き気がするよ」
「俺も嫌われたもんだな…」
「徹ちゃんが嫌いなわけじゃないけど、拡張は嫌、それじゃ」
ノートPCがありえないくらい熱を持っていて、そのままシャットダウンして、熱を冷ました。

久しぶりに汗ばむ午後だった。


こちらでは油蝉が鳴き始めた。翌朝からの徹はまたボランティアに行く。
「徹、悪いけどちょっとしてくれない?」
「何?」
「声聞いてするのに慣れちゃってさ、一人じゃ気分が出ない」
徹は苦笑いをした。
「この間は徹が一方的に逝っちゃったの覚えてる?あれからずっと中途半端で。
 いつ子供が帰ってくるか分からないから、もう少し大丈夫だと思うけど、声だけ聞かせて。普通の話していて良いからさ」
「それはもったいないだろ」


私の欲望を煽り立てる徹の声を聞きながら、その瞬間恋しくて逢いたい思いが溢れ出して来た。達したそのままですすり泣いた。
「どうした」
「逢いたい…徹に逢いたい…逢えないのが辛い」
途端に不機嫌な声が聞こえた。
「泣くな、女に泣かれるのが俺はめんどくさくて一番嫌なんだ。俺に嫌われたくなかったら泣くな」

「わかった!泣かないから!」


「俺もいろいろ考えたんだけどさ、やっぱり逢わないでおこう。
 この世界で知り合ったんだから、この世界だけでやっていくほうが面倒がなくて良いよ。
 doorだって、彼氏とか子供とかいるんだから。逢ってややこしいことになったら、困るだろ。
 俺今だっていろいろ大変だし、これ以上の厄介は抱え込みたくない
 だからdoorちゃんもそのつもりでいて欲しい。それが一番良いことだと思うぞ。今は知り合ったばかりだからあれだけど、しばらくすればそのうち何でも話せる友達みたいになれる。」
「だけどね、はじめに無理やり私の本名を聞いたのは徹ちゃんじゃないか。別に境界線とか意味ないじゃんって言ったのは徹ちゃんだよ」
あの日以来、私が余りに嫌がるので徹は私の本名を呼ばない。

「そうか…」
徹の言うことはもっともで、彼にしては大人な判断だった。
私は少し違った考え方をしていた。どうせ徹は福島を離れるつもりが無いのだから、ややこしい事になどならない。実際友達になれることは確信していた。今だって充分大切な友達で、その関係が途切れなければ良かった。
徹の性格では私とぶつかるばかりなのは分かっている。ずっと近くにいれば私は彼に疲れ果てるだろう。それでも徹とは激しくぶつかり合うたびに、お互いが理解し合えて行く面白さを感じていた。たかしとの間で感じるどうしても埋まらない距離を徹は軽々と越えていく。

私にとっても彼はおもちゃだった。新しく、貴重で、面白いおもちゃをどうしても手に入れたい。
私の中の悪女が囁いた。「本気にならなければ、手に入れるのは簡単だ。それでいい」

それはずるくて不純なのだろう。少し前までの私だったら自己嫌悪に陥るレベルだが、全体を俯瞰すると、その判断がお互いを幸せにする。私は心を決めた。

「でも、分かった。徹ちゃんの言うのが一番だと思う」
もちろんそんなつもりはさらさら無い。
「doorは賢いもんな。…どれ、逝ったか、顔見せてみろ」
「うん」
「おぉ、すっきりした顔になったな」と屈託無く笑った。私の中の悪女も知らずに。




「聞いたら買上米は凄く安いんだ」
「そうかもしれない…」
「これは市場に出回るなぁ…」
「来年は安い米を買ったつもりで被爆する人が増えるのかも…」
「だから米なんか作るなって初めから…」
食べる人が被爆するような米を作りたくないというプライドのある農家は保障してもらえなくて、お上任せにいつも通り作った人だけが補償される。それもおかしい。一つ一つ見てみるとおかしくて不公平なことばかりだった。
それにしても全てを補償していたら、東電も日本も破綻してしまう。瓦礫は綺麗になりつつあるけれど、相変わらず問題は山積みのまま。


「ガイガー持ってそこらじゅう測りまくってくるよ、じゃぁまた来週」


「あの時は学生でありながら金あったから、バイトとパチスロで。
 パチスロが出たばかりでね、師匠に習って、毎日儲けさせてもらってね、
 出入り禁止のパチンコ屋ばかりだったね」
「ははは、らしいや」
「当時金あったの。バイトの金は親父怒らないけど、ギャンブルの金見つかると半殺しだね。
 だから、その日の金はその日の内にだった。ビリヤード場貸切とか。
 当時ディスコあっただろ、Tバックって下着流行り出したのがその当時だね。
 ワンレンボディコンでねTバック出た時、履かなくて良いんじゃねとか言ってたもん
 どうせ踊ってるうちに食い込んで、邪魔だろ~とか言って」
「あはははは、そうなんだ、食い込むんだよ」


声を殺して笑っていると息子が私の布団に来た。
「抱っこ、表抱っこと裏抱っこの時間」
「うん、表抱っこ」
しばらく向かい合わせに抱きしめていた。彼の背中の方から抱きしめるのが「裏抱っこ」だった。
それを、2.3回繰り返すのが入眠前のいつもの儀式のようになっている。
「もう一回表抱っこ」
「ぎゅっ」
「裏抱っこ」
「ぎゅっ」
「…」
「ハイ、じゃ自分のベッドで寝なさい、おやすみ」

徹にそれが聞こえていた。


「待たせてごめん」
「表抱っことか裏抱っこってどんなプレイじゃ、一緒に寝てやりなさい」
「本当はもう抱っこなんかする年じゃないから、寝るときぐらい自立させないと」
「だけど」
「ディープキスがすごく上手いんだよ、親子で許される範囲を超えてる。ごめん、嫌だった?」
「やぁ、なんかほんわかしたいい感じの家庭だなぁと」
「…」
「ま、もう俺も寝るから」
「うん、おやすみ」
子供の気配がすると徹はいつも固まる。昨日もそうだった。



もちろん宵っ張りの私がそのまま寝るわけも無く、いつもの習慣でニュースチェックをすると
「セシウム米調査:汚染米の全量廃棄は旧市町村単位で」というニュースがあったから、明日でも徹が見れば良いとURLをチャットウィンドウに貼り付けた。
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20110804k0000m040109000c.html



ログオフしていた徹が戻ってきた。
「福島県はおわったね…残念だが…」
「東電に買ってもらえるからそのほうがいいんじゃ…」
「米の自由化になってるから産地偽装が多発するよ、米の価格が上がるからチャンスだからね」
「だから出所の明らかな米を食べるんだ。ホント、つながりがあるところがあってよかったと思ってる」
「福島県の米は1番危険だよ」
「うん」
「うちは親類縁者がいないから大変だ」
「おそらく山形の米は大丈夫だろうと思う」
「今日もお袋と話したけど、パスタは安いだろ、米を1回にして1日2食を麺にすれば生き延びれるかなぁって」
「山形の米喰え、北のほうだから大丈夫だ」
またなんだか話がかみ合わなくなってきた。
「山形の米も高騰するよ」
「直で入れるから」
「米どころ福島で普通に美味しい米安く食えてるから。米価が高騰すると買えないよ」
「うん?秋までの話をしているの?」
「お袋は歳だからあまりパスタなんて食べないと思うけど仕方ないよ」
「来年の米は用意するって言ったじゃん」
「冬までに、今有るお金で、家の修復終らせないと寒いから」
「秋からのお米は徹ちゃんちに送るって話、この間したじゃん。お金はいいの、プレゼント」
「すまない…申し訳ない…」
「何回も言うな、言わせんな」
「ごめん、おにぎり好きだから、俺」
「おにぎりの中身はなにが良いの?」
「1番好きなのは鮭か、しそ昆布」
「山形のお米も美味しいから、しそ昆布のおにぎり楽しみにしてけろ(くれろの短縮形?くださいの意)」


福島はもうダメだ、終わりだと言いながら、見捨てられない彼が居た。それは土地というより、やはり人の繋がりそのもので、彼の人生の殆どがそこにあった。土地は捨てられても、人は捨てられない。
地震や津波であれば、いつか乗り越えられるだろう。しかし広がった放射能汚染が、人を蹴散らし、繋がりを破壊していつか命さえも奪っていく。彼はそれに殉ずるつもりらしかった。


「ガイガー借りてきた!面白いぞこれ」
「おおぉ、家の中でどれぐらいあるの?」
「測ってみる」
 ピッと、音がして私は震え上がった。音がしたらかなりの線量になるのだろう。
「え”~鳴ったよ」
「あ、これはねん、スイッチ入れたときにも鳴るの。俺の部屋今で0.2マイクロシーベルト毎時」
「室内でそれなの?」
「うん、うちは高台にあって、結構風通しは良いんだけどぉ、うちの雨どいのところ調べたらビービー言っちゃってさ、2マイクロシーベルト毎時だった。うふふん、そんなところで、毎日ゴミだししたり、掃き掃除したりしてるんだな。うちのお袋は、ふふふん」
絶句した。
「ふふふん、もうねぇ、なんか放射能に対する感覚が麻痺してるの、福島の人間は。お袋なんかさっき測ってたら『本当に鳴るんだねぇ』とか言って感心してたよ。ギャハハハ」
「掃き掃除するときにマスクとかしてる?」
「大人がこのクソ暑いときにそんなものするかよっ」
「そうだよねぇ」
「うちでこんななんだから、下のほうとかすげーんだろうな」
私は心の中で悲鳴を上げていた。放射能の影響は積算が問題になる。もう中通りはお終いだ。
「いろいろあるだろうけど、もう引越しをしたほうがいいよ。こっちの方においで。お願いだから」
「あほー、子供もいねぇ俺が先に尻尾巻いて逃げるわけにはイカンだろうがっ、こっちは看板背負ってやってるんだよっ」
「そういう問題じゃないじゃん」
前に「金があったら福島なんて捨ててやる」とも言っていたけど、今日の徹の弁だとどうやら最後の一人が避難するまで動かないくらいの勢いだ。
徹の病歴からすると彼はガンになりやすい体質だと思う。ボランティアの時も、基本的に外にいる。瓦礫の撤去で、どれだけの放射性核種を吸い込んだのだろう。命の砂時計の穴が広がっていく、刻一刻彼の命が蝕まれていくのを見る思いがする。
今月の入金があったらまた送金しようと思っていた。私の送金でガソリン代が賄える。それで徹を通じて多くの人を助けることが出来ると思っていたけれど、もしかしたら多くの人の命を縮めることに加担しているのかもしれないとまで思えてきた。


「今週末はこれ持って行ってあちこち測るボランティアをしよう。今週はちっとは楽できるなぁ」

それから徹は自分の仕事の話をべらべらと語った。少しハイになっているようだった。仕事も夢も趣味も全て地震と津波と原発事故に飲み込まれていって、どうやって再起したら良いのかも見えない。マイクの向こうでヒグラシの声がした。
「ヒグラシが聞こえるね」
「あぁ、そっちまで聞こえるか。こいつら馬鹿だから一日中鳴いてる。街灯があるから昼間と間違えるんじゃね、まぁ一週間しか生きられないから大目に見てやるけど」
短い生を燃やし尽くすヒグラシの声が徹の声に重なっていつまでも聞こえていた。



仲間に何かあったのか、徹はどうも人恋しいようだった。その日の夜は夜でチャットをした。徹は声で、私は文字で。子供が寝付くまで静かにしないといけない。徹の話に声を忍ばせて笑った。
学生時代の話を聞いた。
「楽しい時だったなぁ」
「今は楽しくないか?」
「あの時のように自由に何でも出来る歳じゃないじゃん」
「今のほうが大人なんだから自由ははずだけど」


何とか徹を福島から離れさせたい。私は誘導しようと必死だった。福島に居ないといけないと言うのは彼が決めたことで、よく調べてみれば移り住むのに何らかの優遇措置や支援はあった。3匹の犬を手放さないといけないのが、ネックのひとつになっていた。
なんだって、住んでいた所がイキナリ住めない状態になり、仕事も無くなってふるさとを捨てなくてはならないのか。そのうえ仲間や友達と離れ、子供同然のペットとも別れろと。調べれば調べるほど理不尽に怒りがこみ上げてくる。確かに徹の怒りはもっともだった。
それでも、もう一度… どこかに道があるはず。


今日の徹は本当に不安定だった。話題は脈絡なく飛び、こっちで地震、向こうで地震。いい加減嫌気がさしているのだろう。もしかしたら向こうで何かあったのかもしれない。
「さよならなんて書かれたら悲しい、だけど早く寝れ」
「H無しで眠れとな…これでさよならか…上からもの言われるのが嫌いでね!」
「なに怒ってるの?何か気に触るようなことでも?」
突然部屋中にスカイプの着信音が響いた。ヘッドセットをしていなかったので慌てて通話拒否をした。
「ちょっとまって、今イヤホン持ってくるから」
「もう良いよ…」
こちらから徹にかけなおすと応答しない。仕方なくチャットウインドウに打った。
「眠れないの?」
「さよならかな…なんかそんな感じ…」
「私が嫌いになった?上から目線で、語ったつもりはないけど、元々が生意気な女だから嫌われても仕方がない」
「俺がわがままだからだよ」
「 わがままというより、俺様だな」
「考え方が子供のまんまだしね」
思わず吹き出した。わかっているじゃん。と書いたらまた気分を悪くされるのだろう。
「そんなことないと思うけど、言うことも分かるけど、そこが可愛いの」
なんだか文章が苦しすぎる。


「 この震災で、俺は、笑って楽しく余生を過ごせればそれで良いと思ってた。その余生が今なんだよね。  震災前に自由に生きれなかった分、余生は自由に生きようかと」
「うん、やりたいことやれば良いとおもうよ」
「doorちゃんに支援して頂き本当に感謝の言葉しか無い」
「 私はしたいからしているだけで、私の自己満足」
「 そして情けない俺がいる、何の恩返しも出来ない…」
「情けなくなんかないよ、尊敬してる」
「無力って悲しいんだよ。辛いし」
「それは徹ちゃんのせいじゃない。私達東京で、のうのうと暮らしている」
「自由に生きるのにも先立つ金が無いから何の自由も無いよ」
「私たち、自分たちで使っている電気のせいで結果的に福島を犠牲にした。そのことは厳然とした事実だ」
「俺はdoorちゃんに何て御礼を言えば良いのか、また、この先、中期的な支援のお願い頼めるのか、日夜悩むよ…」
「お礼はいらない、生きていてくれれば」
「うちは、親戚がいないから支援頼めるとこが無い…
 こんな事を連日、考えるから、眠れない日が続くのかもね。
 友達も皆、被災民になって、離れ離れになったし、なんか辛いね。友達も生きるのが精一杯で、お互い助け合いも出来ない」
「それはある程度仕方がない」
「俺はまだ、傷んだ家に住めてるだけましなんだ。仲間は全壊の奴多いから、メールでのやり取りが精一杯」
話は全くかみ合わなくてどこから手をつけていいのか分からなかった。


「もうビデオで話せるけど、いま、繋いでいい?」
「犯すぞ~」
「いいよパジャマで待ってる」
「裸できやがれ。
 やっぱり寝よう。子供に朝ご飯作らないと駄目じゃん」
「眠れそうもないときは抜くのが一番だと思うけど」
「ママが寝不足は駄目だよ」
「大丈夫。このまま徹ちゃんの心配しながらは、どうせ眠れない。ちょっとトイレ行って来る」

もしかしたら徹の大切にしていた繋がりが、どこか何か綻び始めたのかも知れなかった。たかしもそうだけど、物理的な距離があると相手に何が起こっているか、知らされなければこちらはわからない。そのもどかしさがある。
戻ってくると徹は一人ごちていた。


「何故に俺?遊び人の徹の俺なのか…金も身体もかかるやっかい者だぞ」
多分…私が愛しているのは徹その人ではなく、日本から失われた男気とか、筋論とか、ハチャメチャな遊び心とか、徹の持っている性質のようなものなんだろうと思う。

「私に愛された男は幸せなんだよ、宝くじみたいなもんだよ」

「そうかもな!全力で助けてくれるからな…感謝する」
「色男、金と力はなかりけりだね!」
こういうことを自分で書くかなぁ。どれだけ色男のつもりなんだか…聞こえないのを良いことに私は大笑いしてしまった。


灯りをつけて、バスタオルを敷いてビデオ通話を始める。
徹はオイルを塗りたくったテカテカな身体を見るのが好きだった。マッサージオイルを瓶から直接身体に垂らすのを見たがった。私は彼専属のストリッパーで、出来ることはそれぐらいしかない。徹がどんなに不安でも何も助けてあげられない。きっと消耗しているのだろう。せめてぐっすりと眠って…。

かなり大きい地震がガツンと来た。
「気をつけて、関東揺れてる、東海沖かも」
「今のところ大丈夫」

息子が怯えて私のところに来た。揺れが収まったのでもう大丈夫だよと話すと自分のベッドに戻っていった。


「逃げなくて大丈夫?大丈夫かい?」
様子の分からない徹が向こうで心配していた。
「あ”~、これで子供が寝るのがまた遅くなるぅ」
「いよいよ話してる矢先に東海揺れたね、伊豆が震度5弱、静岡市駿河区だって」

私は住むアパートの耐震基準に不安が残ることを話した。徹はそういうことにやたらに強くなったのだという。現場で倒れた家屋と、残っている家屋を見ているから説得力がある。


「東海プレート動き出したね、
 1時50分から記者会見ある、東海沖地震との因果関係だろ」
徹はテレビをつけているのだろう。
「きっと因果関係ありませんって言うのに一万円賭けるよ」
「ギャハハハそうだと良いけどね」
「言う前から分かってる。 10シーベルト出ても、大丈夫ですっていってるんだもん、それ致死量でしょ」
「地震のニュースも終了!被害無しだって」


「なんかHする気分じゃなくなってきたな」
「そうか?」
「どっちでも良いけど…こんな話の後じゃ…」
「東海地震今きたら日本は終わりだよ」
徹の今の状況では前向きにものが考えられないのだろうと思っている。もう少し光が見えれば、希望があれば。しかしそんなものはどこにも見当たらなかった。それでもどこからか探し出したい、見つけたい。


「こっちも地震だ、揺れてるぞ」
「今度はそっちなの?もういい加減にして欲しい」
「寝るとするか」
「うん、眠れそう?」
「適当に寝るだろ」
「もうすこしでイクってところでまた地震あったら困るもんね」
徹は笑いもしなかった。
「10年度米の買占め始まったって、早く買わないと高騰するな
 米食えなくなるな…」
「ま、米は何とか考える」
「しばらくH出来ないな…」
「残念だねぇ」
「このまま自然消滅になるのであろうかぁ…」
「何が?何のこと?」
「俺の気分次第か…」
「寝るんじゃないのか…今日は寝よう。お休み」


通話が切れた。徹の希望を繋がなくては。私は山形の土壌の放射線量のデータを調べていた。

「手配できる米の土壌は20ベクレル/kg以下だから問題ないと思う。新しいデータは出ていないけど、その人に頼んで玄米のまま送ってもらえるように手配する。これなら混ぜ物無しだ。食べる分だけ精米すればずっと美味しく食べられる。美味いぞ、山形の米も」


と、書き送った瞬間、文字が現れた。
「さよならも書いておくか、俺はきまぐれわがままだから」


8月1日午後6時。
「今、メール書くとこだった。俺は用なしだなと思って!」
「全然帰ってこないから、こっちは泣いてたというのに」
いつもは11時くらいには帰ってくる。何か用事があっても昼過ぎ。
「地震酔いで苦しんでる毎日だった…死ぬかと思った」
「メールってなに書こうとしたの?」
「終わりかなってね。いや、帰宅~って」
「また地震?」
「いわきで震度5だよ」
「昨日の明け方でしょ」
「帰宅してからも細かく揺れて…震度4以上くると地震酔い始まる」
「余震の余震ね」
「気持ち悪いんだよ」
「わかる、ずっと揺れているような…」
何があったのかこの日の徹は極端に不安定で、支離滅裂、いつもより話題がポンポンと飛んだ。

「そうだ、door、1日だけ平日子供預けなさい」
しょうがないなぁ…と、思う。ボランティアに行っている間はあちこち泊まり歩いているから月曜日の徹は満タンだった。それなら自分でどうにかすれば良いと思うのに、彼もまた私の裸に中毒している。一方的なAVを見るより自分のリクエストに答えてくれる年増のほうが少しはマシらしい。
しかし子供が夏休みではどうしようもない。

「1時くらいは寝てしまってる?」
彼はそれに答えなかった。
「俺、お盆近くなると、手伝い多くなるから、しばらくPCは入れないよ。下手すれば1週間以上留守するかもしれないよ」
「生存確認が出来ないのは困るなぁ」
強がって無理ばかりしている。身体が弱いクセして見栄っぱりで意地っぱりで。それらを取ってしまったら何も残らない気がする徹。その気持ちは分かる。そうやっていなければ自分を保っていられない、そんな時が私にもあった。だからこそ心配なのだ。


ボランティアの仕方も変えていかなくちゃと、徹は語り始めた。
「お年寄りは年金生活だから、義援金も貰えないし、ちょっとしたところの修理もできないんだよ」
「年金の人は義捐金もらえないの?」
「半壊以上でないと1円も出ない」
「知らなかった」
「俺は申請出したけど、いつになるか分かりませんと言われたよ。貰えない可能性も有りとね」
「そういう補修系って私も得意だけど、そっち行って手伝うより資金援助のほうが良いんだろうな」
「地震酔いで気持ち悪い」
また話題が飛んだ。
「夜12時前後までは起きてるよ」
「その時間はまだ子供起きてるだろうな。寝なくてイライラするのもなぁ」
「しばらくHできないな」
「早く寝て早くに起きれば?」
「あほ~ 俺が早く寝れるわけないだろ、不眠症なの~~元々がね」
それなら1時でも2時でも大丈夫だと思うのだが、そこは疲れているのだろうか、それとも徹より長い不眠暦を誇る私の感覚のおかしさだろうか。
「じゃ夕飯だから」
「11時にはPC起動しておくよ!今回の支援の話もしたいから」


夜11時。
「また地震きてびっくり。青森、岩手で、震度4まだまだ続くよ」
「そっか…いい加減疲れるね、ゆっくり休めることを願うよ」
「地震ノイローゼになりそうだ…
 3.11と同規模の地震こないとおさまらない、もしきたら、東日本は全て終わりだよ。だから、日本は終わる。俺たち福島県人は見捨てられたから、被爆していくしかないんだよ。保証も何も無い」
「うん、逃げろ、逃げて欲しい」
ネットニュースでは毎時10シーベルトが計測されたと報道されていた。もうだめだ。もう5ヶ月になろうとしているのに、収束が見えない。
「もし、俺達全員を避難させたら、国が破綻するよ」
「だから政府はそれを口に出来ない」
「そうなんだよね、安全と良く言えるなぁとね。安全な場所は県内に無い!俺は潔くこの家と倒れる!」
「言葉もないけど、逃げろ」
「致死量の放射線出たってニュースでやってるだろ、今」
「うん」
「福島の食べ物食うなよ!みんなに叫び続けてくれ、食うなって。市場には、産地偽装で出てる可能性が高い」
「ここ一週間、私は一番人に読んでもらえるブログでやっているから。関心のない人にも読んでもらえるように」
それがどこだとか、URLを教えろとか、どんな内容だとか、そういうことを徹は一切聞かない。しみじみ愛されていないのだなぁと、苦笑いをする。それを分かっていて私は安心してここを書き始めた。
この恋の行方も見えないけれど。
ここに書いていることは徹の言っていることで、私自身の考えとは違う。けれど福島にそんな風に考える人間がいて、彼らの思いや気持ちを知って欲しいと思う。


「秋から米をどうしようか悩む毎日だ…」
「送ろうか?こっちならいろんな県の米が手に入る
 山形の米、玄米で私のところに送られてくる奴があるんだけど、直接そっちに送ってもらってもいい」
「申し訳ない…なんてお礼言えば良いのか…本当に申し訳ない」
「気にすんな
 私は今年の春に200キロ買いだめようとした。せめてセシウムの半減期2年分くらいと思って。だけど、山形の土壌調査の結果見たら…」

「地震速報でた、そっち揺れるぞ」
地震の波よりスカイプのほうが早かった。
「うえわ、でかい」

「なんか会社から宝くじがもらえるらしい。復興宝くじ当たったら、一緒に旅行に行こうね」
「温泉だな…」
「アルハンブラ宮殿に行くんだもん」
「そかぁ」
「行かない?スペインにも温泉ぐらいあるよ」
「海外は行かなくて良いなぁ、飛行機3時間以上は苦痛だ」
「ちぇ、つまんないな。台湾とかでもダメ?」
「ビジネス以上なら良いぞ!」
「もちろんビジネスだよ。でも徹ちゃんが嫌なら彼氏と行くから良い」
「ほな彼氏と行きなさい!」
「徹ちゃんに優先権上げたのにぃ」
「彼がいる人は彼と行くべきだよぉ」
「そうなんだけど、今は徹ちゃんのほうが好きなんだもん」
「今はか…ぎゃはははは」
「笑うな」
それは正直な気持ちだった。既に持っているものにかける情熱と、これから手に入れたいものにかける情熱の差。
「彼氏優先にしなさい!」
「徹ちゃんと、ビジネスで台湾旅行決定! わ~~~い」
「俺は行かないよ。彼氏いる人と行ったらやっかいな事になる」
「いいじゃん、2.3日くらい」
「面倒な事は嫌いじゃ」
「何にも面倒なんてないじゃん、面倒なのは私で。揉め事なんて起こらない」
「子供優先とか言えないのかなぁ・・・最近のママは」
「は?何言ってるの?普段私がどんだけやってるか知らないからそんなことが言えるんだよ」
私は物凄くむっとした。
「そうか」
「当たったら、悩もうね」
「悩まないよ」
「じゃ、当たったらハワイアンズに家族旅行で良いんでしょ。
 復興にもなるし、徹ちゃんにも逢えるし、一応ハワイだし、子供も喜ぶ」
「俺はあそこ嫌いだから」
「家族旅行だって。徹ちゃんのいうとおりにしてるじゃんか」

やっぱりたかしのことを言うべきじゃなかったなぁと思う。なんだか不機嫌にさせてしまった。
はじめにまだここまで徹のことを好きになる前伝えたはずだけど、忘れているみたいだから少しは伝えておかなくちゃならないと、思ったのに。
あれ?どうしてそんなに機嫌が悪いんだろう。もしかして少しは脈があるのかしら…


しばらくハワイアンズの悪口を言った後、徹は気分を変えたようだった。
「今回の被災者義捐金の中のお見舞金1万円がお袋に出るから温泉に行かせる。疲れてるから」
「うんうん」
「お見舞い1万だって。doorちゃんのほうが市より優しいよなぁ、人間出来てる。おかげで、冷やし中華も買えたし、 お米も買わせてもらった」
「たくさんの人には配れないから」

「明日からまたボランティアに行ってくる」
「怪我しないように、無理しないようにね。さよなら」
「いよいよ俺に別れを決意したか…さよなら~」
「バカ、行ってらっしゃい」


徹の居ない金曜日と土曜日、日曜日と、全く連絡が無い。さすがに月曜の午後は気が狂いそうだった。大雨の中何をやっているのか。大きい余震もあった。ちゃんと食べているのだろうか。先週の旅行計画のことで、機嫌を悪くしていた徹が、もう私を嫌になってしまったのかもしれない。不安になる材料は山ほどあった。寂しさと不安で涙が出てきた。今書いているここも結末が見えた。少しの間辛いけど、これで元に戻れるよね。少しホッとしている自分もいた。

私の性志向が若干Mがかったものであるのは、自分で承知していた。とはいえ、付き合う男性はノーマルだったから、ノーマルでも構わなかった。自分の奥底に眠ってる、きつく噛まれたり、縛られてみたいという願望を素直に口に出来る徹の存在が嬉しかった。
極端なMとかSの人たちはそういう世界に行くのだと思う。しかし心の奥底に閉まっておけるくらいだから、そのことが相手を選ぶ基準にはならない。そういうことを口に出して、付き合う相手に引かれたり、変態扱いされるのが怖い。もしかしたら、たかしだってそんな願望を持っているのかもしれなくて、それを私に頼みたくてウズウズしているのかもしれなかった。もっとも性格的に彼はMの性嗜好を持っているような気がするので、聞かないでおくけれど。


「徹ちゃんこの間から調教するとか言ってるでしょ、見せたりプレイしたりする気は全くないけど、私腸を洗うんだよね。お尻から差し込んで浣腸しちゃう」
「シリンジ使うの?」
「シリンジって何?」
「シリンジ形の浣腸器で入れるの?」
「シリンジ、ググった」注射器みたいな形だった。
「私の使っているのはカフェコロンみたいなやつ」
「カフェコロン、ググった。これ数年前から流行りだろ」
「うん、20年ぐらいやってる」
「これで、アナルオナニー覚えた女性多いよ」
「単に美容と健康のためだけど。これで宿便とか取るんだよ」
「俺はアナルで楽しむ前にこれで洗っておけとは言うけどね、アナルは感じない?」
「感じると思うけどさぁ、臭いとかしそうだしぃ~、入り口チョビぐらいなら試してみても良いんだけど」
「ちょっとそれ持って来て見せてみ」
「やだよ、入れるところ金属で出来てるから、妙にプロっぽくて、徹が使いたくなっちゃう」
「俺の顔映すから」
出し惜しみするような顔じゃないクセして、私をコントロールするために徹は顔の出し惜しみをする。映してもいつも一瞬だった。
「じゃ、持って来る。だけど使わないからね」
長年使っている洗腸器は、ゴムホースがダメになってしまって、青と黄色のシリコンチューブに変えていた。
その先の方だけ持ってきて見せた。
「ほんとだ、へぇ~、じゃさ、水とか入れないで空気入れてみようか」
「空気?」
「空気だったら汚いことにならないし」
「入れてるところは映さないよ」
「うん、いいよ。ローションとかクリームとか付けて」
「あ、これはね、いつも使ってるから何もしないで入る」
8センチほど入れた。
「ホースのところからふぅ~って息吹き込んでごらん」
「ふぅ~、空気なんて入らないよ。それに空気が逆流したらやだな」
「少し身体の位置をずらして」
「ふぅ~、あ」
「入ったか?おならとか出るかもしれないけど、当たり前のことだから気にすんな」
「空気入ったけど…」
「どんな感じ?」
「いつも腸を洗う時と変わらない」
「腸を洗うときは感じないの?」
「だから美容と健康のためにやってるからそんなこと考えてないよ。まぁ、一時癖になってたときはあるけど」私は笑った。
「そうか」徹も笑った。
「だけど思い出しちゃった。なんだっけ、空気女…春川ますみだ。私がそんな風になるなんて思わなかった」
「ナニそれ」
「私の好きな映画に「田園に死す」って言うのがあって、寺山修司で多分私の好きな映画のベスト10に入るな。それ、思い出したよ。ビデオ屋で今度探すといい。古すぎてないかもしれないけど」

空気女の唄  


「空気女って空気入れられて感じる女?」
「端的に言うとそう」
「アダルトなのか」
「寺山は覗きで逮捕されたぐらいの変態だけど、アダルトじゃない。
 着ぐるみを着ていてそこに空気が入って、それで感じるんだ」
「よくわからんが」
「言葉で説明できるぐらいだったら、映画なんかにしない。『O嬢の物語』とか見たり、読んだりしたことあるかな」
「ない」
「精神的なSMの極致なんだよ。その続編を寺山は撮っていて、『上海異人娼館』これも面白い映画だった。これ見てなかったら、私は徹ちゃんのこと受け入れられなかったよ」
「それは凄い映画なんだろうね」
「あと2.3年経って、徹ちゃんが、落ち着いたら探してごらん」


私がSMに感じるエロティズムと、徹がSMに感じるエロティズムの間に大きな開きがあった。それはサドの嗜虐性と、マゾの被虐性の間の差そのものだ。マゾヒズムは全てを相手にゆだねる没我の快楽で、マゾの精神性は永遠にサディストには理解されないだろう。マゾは最終的に自立できるけれど、サディストはどこまで行ってもマゾヒストを必要とする。「上海異人娼館」はそれを描いていた。


「体調が治る迄の全てのスケジュールをオフにしました」


よっぽど体調が悪いか、少しは人の言うことを聞く気になったのか、そんなに私の裸が見たいのか。その場は喧嘩になっても、あんがい素直な男らしい。こうなってくるともっと可愛くなる。なるべく早く離脱するつもりだったのに、どんどんはまり込んでいくような自分の気持ちに当惑していた。


「おはよう、ゆっくり休みなね」
「熱下がって、スケジュールOFFしたら気が抜けた感じだよ」
「熱が下がってよかったね」
「ありがとう!また一から出直しだ」
「一から出直し?ってどういうこと?」
「支援活動もこの先の身のふりかたもね」
一番伝えたかったことが、あれだけの言葉で本当に届いているのが、嬉しかった。
「そうか、じゃ私は自分の仕事するよ」
「俺は寝るからがんばれよっ」



「なんだ~この客、内容ころころ変えて凄い自分勝手!頭にくるなぁ」
私はスカイプに愚痴を貼り付けていた。仕事の愚痴くらい聞くからと、前に徹が言っていた。そう言いながら私の言いたいことはちっとも聞いてはくれず、スカイプのチャットウインドウは、徹にさえ聞いてもらえない愚痴の貼り付け場になっていた。


「俺はこつこつ調教したい~」
「こつこつってなんだ~~~ 寝てたんじゃないのか」
「起こしたんだろ!ポップ音するんだよ」
「消しといて…」
「いいよ、もう起きたから」
「じゃ、徹ちゃんはこっちとこっちどっちが良いと思う?」
男性から見た感じを聞きたくて女性向け新商品カタログのURLを2つ貼り付けた。


「全身タイツを希望します。doorは絶対似合う」
本格的な全身タイツで顔まで覆ったら似合うも似合わないも無いような気がする。
「全タイなんてマニアな世界誰も付いてこられない…徹ちゃんだけのニーズだ。あれ?」
「なに?」
「今調べたら全身タイツってアマゾンで売ってるんですが…」
「知らなかった、俺はこういうのがいい」
URLをクリックしてみるとSMショップだった。
「これはボディストッキングじゃん、股のところが開いて、いやらしいまぁ…これ、これは感じるねぇきっと」
「さっきの奴?」
「うん、布との摩擦で、体中感じるだろうなぁ」
「よし!!!!良い感じだ」
「なにに気合が入ってるの?」
「doorに着せたいのあるしぃ」
「多分私は徹ちゃんのおもちゃなんだろうなぁ」


私は徹が好きだけど、彼にとっては単に裸とお金の供給源なのだ。徹のおもちゃで構わなかったし、今はそれで良いと思っていた。おそらくこのボディストッキングだって私が買うのだろう。
「ありゃ」
「何?」
「いや」
「こういうのってさ、着る人がいないと、カタログ見てるだけじゃ面白くないじゃん。だから、そういう意味でおもちゃにされてるんだろうなぁって、可笑しかった」
「そか」
「違うの?」
「door着てたら良いなぁってね」
「あら?私メインなの?」
「そうそう!doorは派手なのが似合う」
「まぁ、光栄だわ」
次に貼られたURLはバリバリのボンデージだった。
「これ着て」
「乳が小さいからなぁ」
「胸大丈夫だよぉ」
「うん、分かった。一部のマニア向けは、また今度ね。仕事するから」


徹がどこまで本気なのか、測りかねていた。
福島もボンデージもエアセックスも徹の気持ちも私の生活と遠すぎてゲームのように現実感がなかった。まるで四角い枠の中で起こることみたい。3.11からいろんなことが起こりすぎて、見て触れられるもの以外本当のことだと思えない。だから平然としていられる。平然と書いていられる。